2010年8月アーカイブ
宝島小中学校には【写真】のようなひまわりも愛らしく咲いています。
ひまわりを見ていたら,昔習ったフィボナッチ数列を思い出しました。
フィボナッチ数列は前の2つの数を加えると,次の数になる数列のこと
です。
(フィボナッチ数列)
1,1,2,3,5,8,13,21,・・・・・・
フィボナッチ数列は自然界によく登場する数列です。花びらの枚数,
まつぼっくりのまつかさ,そしてひまわりの種の配列はフィボナッチ
数列で構成されています。
フィボナッチ数列を発見したのは12世紀のイタリアの数学者である
レオナルド・フィボナッチです。フィボナッチはピサの斜塔で有名なイ
タリアのピサで生まれました。フィボナッチは上のような数列を発見
したほか,分数と分子を分ける横線も生み出した人だそうです。
今回も約45年前の北海道大学ワンダーフォーゲル部学生の残した
スクラップブックからの写真を紹介したいと思います。
下をご覧ください。左ははしけに乗り込む人々,右は荷揚げ風景
です。『十島村誌』によれば,宝島の港が定期船を初めて迎え入
れたのが昭和50年7月24日。第3十島丸が前篭(まえごもり)港に
接岸したのが始まりです。それまでは「はしけ」によって人や物資
をやりとりしており,作業は2時間から3時間を要し,しけの時には
素通りしなければならない状況もあったそうです。
港湾が整備されたことにより,定期船の大きな機械力が発揮され
輸送コンテナの活用により,物資が簡便かつ迅速に取り扱われる
ようになったことは当時にすれば画期的なことであったに違いあり
ません。このことは右の写真を見ればよくわかります。荷物を自力
で運ぶ人。牛に荷車を引かせて運ぶ様子。時代を感じます。
宝島小中学校には約45年前,北海道大学のワンダーフォーゲル部所属の
学生が宝島を訪問した際に作成したスクラップブックが残っています。
そのスクラップブックの中に「第2十島丸」が学生のコメントと共に残ってい
たので紹介してみたいと思います。
(コメント)
出航に際し,十島丸を見たとたん,我々は驚いた。青函連絡船は
4000~6000tである。それなのに十島丸は253tである。その船が
太平洋,東シナ海を行くのであるから・・・。でも多くの人々に見送
られて十島丸は『蛍の光』に続く『軍艦マーチ』に送られて威勢良く
出航した。
(第2十島丸 基本データ)
就航期間 1958年(昭和33年)~1971年(昭和46年)
t数 253,37t 速力 約12ノット (約21.6 km/h)
夏の代表的な流星群の1つにペルセウス流星群があります。
ペルセウス流星群は北東の空にあるペルセウス座付近から
安定した流れ星を飛ばします。
今年のピークは8月12日(木)深夜から8月13日(金)明け
方で,条件が良ければ1時間に数十個の安定した流れ星
を見ることができるそうです。この時間の深夜から明け方に
かけ,北方向の空を中心に空全体を眺めてみてください。
あなたは星にいくつ願いをかけますか?
宝島小中学校には昔をしのぶ写真が残されています。今回,
その一部をホームページの「VIDEO CRIP」で紹介してい
ます。約2分の短い動画ですが,当時の子どもたちの様子が
垣間見えるのではないかと思います。御覧になりたい方は
下をクリックしてみてください。
8月5日(木),児童生徒会新聞制作について,かねてから計画していた
地域から約65年前の戦争体験を聞く取組を実践しました。
取材を受けてくださった地元民宿のおばあちゃん。生徒が用意した質問
に丁寧に答えてくださいました。
取材を通してわかったことや学んだことは9月号の児童生徒会新聞で紹介
します。
